日本人の健康リスク: 生命表(1)

鹿児島大学農学部獣医学科

公衆衛生学教授 岡本嘉六

 

100%安全でないものは、安全とは言えない」という主張は非科学的、非現実的なことであるが、その土壌が育っていないのに「リスク・アナリシス」を論じても通じる訳がない。肝心な「リスク」は、「100%安全」とはかけ離れた概念であり、「リスク」を理解するためには、統計や確率に親しむ必要がある。「そんな難しいことを言わずに、100%安全を保証してよ!」と言う方々は、「それが可能だ」という詐欺師に引っかかることになる。そんなことは、この世にはあり得ないと思いながらも、「オレオレ詐欺」に引っかかる善良な方々が後を絶たない。

数値を眺めることは、買い物や貯金の出し入れ等で普通に行っていることであり、それを難しく感じるのは日常的事柄と結びつけることができないことによる。羅列された数値を見る角度は、人それぞれの関心によって異なることに気が付けば、自分の目線で解釈して良いことに思い至るだろう。自分の体験や知識を通して統計表を眺め、「統計や確率は難しい」と思われる方々に、「意外と面白い、ハマッテしまった」という感想を持っていただくために、このシリーズを始めることにした。

 

これから先、何年生きられるか?

不幸や不運があって弱気になると、誰しも「自分の命が何時まで続くのか?」と不安に感じることがある。そんな時役に立つのが「生命表」であり、自分の年齢で平均してあと何年生きられるかを計算してくれている。平成197月に発表されている(20  生命表)を覗いてみよう。参考資料1に「平均余命の年次推移」が載っており、その一部を抜書きする。

 

 

 

0

20

40

65

80

0

20

40

65

80

1947

50.06

40.89

26.88

10.16

4.62

53.96

44.87

30.39

12.22

5.09

1960

65.32

49.08

31.02

11.62

4.91

70.19

53.39

34.90

14.10

5.88

1970

71.73

53.27

34.41

13.72

5.70

76.89

58.04

38.76

16.56

6.76

1980

73.35

54.56

35.52

14.56

6.08

78.76

59.66

40.23

17.68

7.33

1990

75.92

56.77

37.58

16.22

6.88

81.90

62.54

43.00

20.03

8.72

2000

77.72

58.33

39.13

17.54

7.96

84.60

65.08

45.52

22.42

10.60

2005

78.56

59.08

39.86

18.13

8.22

85.52

65.93

46.38

23.19

11.13

 

平均余命」とは、各年齢の者が平均してあと何年生きられるかという期待値であり、0歳の平均余命を「平均寿命」という。2005年をみると、今年生まれた赤ちゃんは、男ならば78.56歳、女ならば85.52歳まで生きられるが、今年80歳に方は、それぞれ、88.22歳、91.13歳まで生きられる。期待値としては、今年生まれた赤ちゃんよりも、現在80歳の方が長生きすることになるが、そこには既に80年の風雪に耐えた重みがある。

さて、平均寿命(0歳の平均余命)をみると、男の場合1947年では50.06に過ぎず、60年安保では65.3270年安保では71.73となっており、女の53.9670.1976.89よりも短い。これをどのように解釈するかは個人の自由であり、「男は太く短く生きるもの、女はしぶとく生きるもの」、「苦労する女が長生きするのは当然でしょ」、「亭主を看取るのが女房の務めだろ」・・・・。単なる数値ではあるが、それに意味づけすることはオモシロイことではないですか?

男女の差異が何によるかはさておいて、第二次大戦後の時点で平均寿命が50歳程度だったことをご存知でしたか? 生命表は国勢調査に基づいて作成されており、第1回からの平均寿命をグラフにすると明治時代は40歳前後だったことが分かります。織田信長が「人生僅か50年、下天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり」という謡曲「敦盛」の一節を謡って桶狭間に出陣したのは26才、本能寺で果てたのは47才だったそうですが、歌の意味は「いくら長生きしても、たかだか50年」ということであり、「それならば、短い命を悔いなく生きよう」と出陣したようです。

織田信長が生きた時代(15341582)の平均寿命がどれくらいだったのかは分かりませんが、それから約300年後の英国のデータがあります。救貧法委員会の委員長であったEdwin Chadwickが「女王陛下の内務省を所轄する主務大臣へ」という報告書(1842)に記載したものです。「死亡時の平均年齢」と平均寿命は同じではなく、前者が後者より長いことは先に挙げた平均余命の表から判断できます。産業革命が起きて都市と農村の貧富の差が拡大した結果、農村部から都市の工場地帯に多くの人々が移住したのですが、その結果、都市周辺部の工場地帯にスラムが形成されたのです。その代表として調査されたマンチェスターと比較対象とされた農村部のRutlandshireを見比べてください。何と! 農村から出てきた労働者諸君は平均17歳でこの世を去っていったのです。伝染病が流行し、紳士階級といえども農村部より14歳も若くして死んでいたのです。このデータからすると、これより300年前の信長の時代には現在の平均寿命の計算方法を当てはめると20歳未満と推測されます。

 

 

死亡時の平均年齢

Manchester

Rutlandshire

専門職的な人と紳士階級、およびその家族

38

52

商業従事者、およびその家族

20

41

機械工、労働者、およびその家族

17

38

 

さて、私は今年還暦を済ませ「赤ん坊に還る」こととなりましたが、古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)、卒寿(90歳)、白寿(99歳)を祝われた家庭も多いことと思います。平均余命は、もちろん、平均であり、これからどれだけ生きるかは自分次第である。平均余命の半分しか生きないかも知れないし、神の加護によって平均余命の10倍生きるかも知れない。なんとも頼りにならない指標であるが、多くの人々を平均した数値である。それを信じて平均的な生き方をすれば、私の平均余命は約22年であり、まだ相当ある。平均寿命を通り過ぎて、「それならば、短い命を悔いなく生きよう」と出陣した信長の境地を会得するには、現代の寿命は長すぎる?  信長が現代に生きていたと仮定すれば、桶狭間に出陣するのは卒寿から白寿にかけてであり、「人生僅か120年、下天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり」と謡って出かけることになる。杖をついて戦ができるか!